私は58歳のおっさんだ。
職業は会社員だが、この歳になっても平社員のままでいる。
正直、私の居場所はない。
そんな時だった。今、若い世代に通話アプリというものが流行っているらしい。
私はそんなものと言うタイプなので、正直全く興味がなかった。
しかし、その通話アプリで友達が出来るというのを聞いて興味を持った。
彼女が出来、結婚までした人も居たと聞いた。
私は若い社員に聞き、さっそくしてみた。
すると、話せる話せる。人と話せる。
まるで、私の渇いた砂が水を吸ってくように自分の心が満たされていることが分かった。
その中に美幸というニックネームを見つけた。
私は通話アプリのルールも分からぬまま、美幸さんに話した。
もしかしたらと思い・・・
残念ながら、私は美幸と再会することが出来なかった。
彼女は20代。
私の初恋の人のはずはなかった。
しかし、美幸は言った。
「いつもお仕事お疲れ様です。体に気を付けて頑張ってくださいね。」
私は一瞬で恋に落ちた。
それもそのはず、私の初恋の美幸と同じ言葉を発したからだ。
それ以来、私は美幸に会う為に、仕事が終わると美幸に会いにいった。
私は初恋をした22歳の頃に戻った感覚になっていた。
美幸は私のことを気に入ってくれたみたいで、毎日行く私と話してくれた。
連絡先!?
聞きたかったが時期尚早な気がして聞けなかった。
私は美幸と2人で話したかった。
通話アプリだと数人で話す為、なかなか美幸と話せなかったからだ。
それでも、美幸と話せることは私にとって幸せなことだった。
いつも、美幸が寝る時間になると寂しい気持ちで一杯だった。
私はこのかた、女性と付き合ったことがない。
だから、結婚もしていなければ子供も勿論居ない。
初恋の美幸とも、結局は告白することが出来なかった。
だから、今度こそは・・・
私は心に誓った。
毎日の仕事にも影響して、仕事も手に付かないようになっていた。
業務上のミスも増えていった。
後輩の社員が心配してくれていたらしく。
「加納さん、大丈夫ですか?」
と聞いてくれた。
続けて、後輩の社員が言う。
「通話アプリは節度を守った方がいいですよ。あれは、所詮は暇な時とかに時間潰しにやるアプリなので。」
「リアルに影響すると、碌なことありませんよ。」
私は彼の言葉の意味を分かってなかったのだろう。
仕事が終わり、私はまっしぐらに住んでいるアパートに帰る。
今日も美幸に会えると思うと心が高鳴る。
美幸は居なかった。
仕事が17時に終わり、22時まで待ったが美幸は現れなかった。
こんな事なら、美幸に連絡先を聞いておけば良かった。
私は心底そう思った。
次の日の仕事はそれもあり、仕事どころではなかった。
美幸に会いたい。美幸に会いたい。
だんだんと私は現実とネットの境界線が分からなくなってきていた。
その日は美幸は居た!
私は心の中が晴れ渡る気持ちになっていた。
私は大人気なく、美幸に昨日はどうしていたのかを聞いた。
しかし、美幸は答えなかった。
私は美幸に嫌われたのではないかと思い、直ぐに言葉を撤回した。
私は美幸の距離感が分からず、話を振った。
そうしたら、いつもの美幸に戻ってきてくれた。
人が5人、4人と徐々に減り。最終的には美幸と私の二人きりになっていた。
私はここがチャンスだと思い、美幸のことを沢山聞いてみた。
歳はいくつで、どこに住んでて、どんな仕事をしているのかなど。
美幸は何も隠さずに話してくれた。
私の話もしようかと思ったが、美幸は気遣ってくれているのか聞かなかった。
.
美幸は言う。
「これで、加納さんと話すのは最後になりますと。」
私は目の前が真っ暗になった。
訳を聞くと、このアプリでネットストーカーと言われるものに付きまとわれて居て。
これ以上、このアプリを使えないということだ。
私は最後になるならと思い、彼女の連絡先を聞いた。
すると、彼女は嫌がる素振りも見せずに教えてくれた。
「あなたと会えてよかった。私の話を聞いてくれてありがとう。」
美幸が言う。
美幸と会って、まだ1週間もしていないのに。
何かの絆で繋がっているみたいだった。
美幸との会話を終え、美幸が去っていった。
私は何かの幸福感と満足感で満たされていた。
明日からは美幸と1対1で話せる。
そんな期待をして、私は眠りに付いた。
その次の日の仕事は、今までとは比べ物にならないくらい捗った。
仕事が終わると同僚からの飲みの誘いも断って、家に帰った。
美幸にチャットを送った。
返信がない。
2時間は経っただろうか?私は意を決して、電話をすることにした。
電話のコール音が鳴る。
ガチャ、、、
「美幸!!!」
私は声を高らせながら、そう言った。
すると・・・
「誰?・・・」
と。
私は加納だよと伝え、話を続けた。
「だから、誰?」
電話の声の主は言う。
私は怒りが沸々と沸いて来て、美幸が居ないはずの通話アプリにいった。
美幸は居た。
私は大人気もなく、美幸に罵声を浴びせた。
「嘘の電話番号を教えたなっ!!!」
すると、美幸が答える。
「もう勘弁してください。あなた、しつこいですよ。」
「私は22歳なんです。あなたの年齢は知りませんが、どう考えても40代後半から50代後半ですよね?」
「なんで、私の部屋に土足で急に来るようになったんですか?」
私は美幸が許せなかった。
浴びせられるだけの罵声を彼女に浴びせた。
彼女は怖い怖いと言いながら、泣いていた。
どうやら、ネットストーカーは私のことだったみたいだ。
私は悔しくて悔しくて・・・こんなに愛しているのに。
それでも、美幸が大好きだった為。
美幸の機嫌を伺う。
美幸は私の問いかけを一切無視して、私以外の相手と話し始めた。
私は最後まで美幸と呼び続けた。
しかし、彼女は反応することはなかった。
私は美幸に脅しとも取れるような捨て台詞を言い、部屋から出て行った。
あれから10年経った。
美幸は32歳。心の中でおめでとうと言う。
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「あのジジィさ、マジでうざい。」
「自分の歳考えろよ!」
「あ~、良かった。実年齢も住んでる場所も仕事も全部嘘付いておいて」
「あ~いうのが居るから、ネットって怖いんだよ」
「現実世界でさ、この歳の差の子に声掛けるか?掛けられないだろっ!!!」
「ここは、現実忘れて好きな自分になれる場所なんだよ。」
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私は68歳の独身、無職。
時間もあるし、貯蓄ならしてきた。
美幸がどこに住んでるか弁護士に頼んで聞いた。
IDで辿っていったから時間は掛かったが・・・
今週の日曜日。美幸に会いに行こう。
きっと、良い女になってるぞ。
32歳なんて、少しおばさんだけど。
私からしたら、まだまだ若い。
美幸!待ってろよ!
今、会いに行くからなっ!
一緒に幸せになろうなっ!!
子供は3人くらい欲しいな。
美幸!愛してる!