ここは、北海道。
自然は豊かで、人間に飼われてる私は食に困ることもない。
いつか殺されるって・・・
残念ながら、私の羊毛は質が良いらしく・・・お肉になる心配はない。
私たちを誘導してくれるワンちゃんが来たら、今日の仕事は終わり。
後は、蔵で眠るだけ。
最近、気付いた。
私はずっと同じ生活をしているから鈍感になっているけど、私は自由なのだろうか?
確かにここに居たら、食べ物の心配をする必要もないし。
安全に一生を終えられる。
でもね、私の友達がこの間・・・私が行ったこともない所に連れて行かれてね。
それ以降、姿を見せないの?
もしかしたら・・・
こんな私でも夢はあるの!
いつか、柵の向こう側に行きたい。
でもね、私もワンちゃんに助けられたことがあって・・・
あの向こうには、怖い狼がいるの!
でもね、私にはどうしても欲しいものがあるの!
自由!!!
好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に遊ぶ。
だから、いつか私は柵の外に出ようと考えているの・・・
実は、ここの柵を出たいと思っているのは私だけじゃないの。
私を含めて10頭。
今、飼い主さんに内緒で事を運んでいる最中なの。
私は全部知ってるの。
ここに居たら、いつかお肉になってしまうことを・・・
だから、私は知らない振りをして。ご飯を一杯食べて、良く寝て。良質な毛を生やしているの。
本当は仲間が秘密のうちに殺されているのも知ってる。
私、羊で話せないけど・・・人間の話していることは理解出来ているんだよ。
だからね。私が皆を守らないと。
この間、皆に聞いてみたの。
ここに残るか、私と共にここを出るか。
残るって子の方が多かった。
だって、皆知らないんだもの。
ここにいたら、いつか・・・
だけどね、私と一緒に行きたいって言ってくれた羊たちが居たの。
だから、その子たちと共に私はここを出るの。
飼い主さんたちは気付いていない。
壊れそうな柵があることも、私が人の話す言葉が分かることも。
作戦結構は明日の夜。
蔵から逃げ出すの。
今日はここで普通に暮らす最後の日。
狼たちは、ここの側には居ない。
だって、ここ世界で一番安全な牧羊場って言われてるんだから。
あっ!私の夢・・・ちゃんとあるんだからね。
ここを出て、海を見たいの!なんか、飼い主さんが言ってたのを聞いたの。
空みたいに青くて、雲みたいに白い泡が立ってるんだって!
見たことはないけど、それを見てからじゃないと死ぬにも死ねない。
私、実は病気に掛かってしまって・・・
3日後に処分?されるんだって。
だから、決行は明日の夜。
前にさ、私の友達が私の病気と一緒の病気に掛かってね。
一番逃げやすいのは、この日だって教えてくれたの。
ちなみに、その友だちは私の好きだった羊。
ここじゃ、リーダーって呼ばれていたのよ!
そんな彼も今じゃ、この世界に居ないの。
なんだか、悲しいはね。
でもね、その彼から人間の話す言葉を教わったの。
すごく苦労したんだから。
その彼の夢が海を見ることだったの!
最初は理解出来なかった。
だって、聞いたこともない言葉だったから。
そしたら、飼い主さんが教えてくれてさ!
まあ、私が理解してるなんて思ってもみないんだけどね。
私の病気が連れてく皆に移らないように、多めに薬飲んどかないと!
今日が終わり、明日になった。
作戦決行日だ!
先ずは、お腹が空かないように牧草を沢山食べる。
何事もないように、ワンちゃんに誘導されるなり蔵に入る。
鍵の開け方は分かっている。
準備は出来てる。
深夜に何度か飼い主さんが見回りに来るから。大人しくしてる。
ギィ、ガチャ!!!
行った!!!
私は9頭に合図する。
鍵は開けた。私たちは外に出た。
ゆっくり静かに。
ワンちゃんも遠くの方で寝ている。
今しかない。私は思った。
壊れた柵を体当たりでどかし、私たちは牧羊場から飛び出た。
産まれてから、何年も一緒だった仲間と牧羊場と飼い主さんに心の中でさようならをした。
今までありがとうございました。
外に出てからの解放感は凄まじく、なんだか私がこの世界の主人公になったみたいだった。
思わず声を上げてしまいそうだったが、必死でそれを堪えた。
真っ暗な道なき道を進んだ。
途中、雨が降ったが・・・私たちは気にせず進んだ。
私の寿命は後少ない。
海を見れず、この生を終えるかも知れない。
そんな、不安が過る(よぎる)。
私以外の9頭にも、夢があった。
1頭は満開の星空を見ることで、1頭は世界の広さを知ること。
私に皆の夢を叶えてあげることが、私に出来る最大の目標だ。
実は私たち、後2日経ったら・・・命がなかった。
私は病気で処分だが、残りの9頭は肉の締りが良く良質な肉を持っているということでお肉になるところだったのだ。
まだ、若い9頭だから。私は出ていくことに反対したのだが・・・
人間の話を聞いた私が急遽連れて行くことにした。
私たちは最終的には全滅する。
狼に食べられる覚悟の上で出て行った。
ただ、どうせ死ぬなら・・・誰かの為にではなく、自分の為に自分の命を使いたいと・・・
1頭が満開の星空を見た夜があった。しかし、狼に見つかり殺された。私たちは見殺しにするしかなかった。
この世界は、狼の為に存在しているのだから。
ただ、その顔は私には笑っているように思えてた。
残りの1頭は自分を飼ってくれる人を見つけた。牧羊として生きるのではなく、殺される心配のない所で暮らせることになった。
残り、私を含めて7頭。
そしたらさ、皆。海が見たいって言い出してさ。
私たちは歩き続けた。幸い、私たちは草しか食べないので食料に困ることはなかった。
1頭が歩き続け、疲れ果てて死んだ。
私たちは初めて立ち止まったが、匂いを嗅ぎつけて狼が来ることを恐れ踵(きびす)を返した。
2頭が狼に見つかり、食べられた。
残り、私を抜いて4頭。
この4頭には海を見せてあげたい。
必死になって歩き続けた。
その時、車の音が聞こえた。
私たちは隠れたが2頭が飼い主たちに見つかって、連れて行かれた。
私を含めて3頭。
地平線が水平線に変わった。
私たちは青空と重なる地上の空を見た。
私の記憶はここまで。。
残りの2頭は目を閉じた私に微かに言う。
僕たちも、リーダーに聞いていました。
いつか、あなたに海を見せてあげてくれって。
私もですよ。
僕たちはここでひっそりと暮らそうと思います。
海を見せてくれて、本当にありがとう!!!
最後だから。人間の言葉が分かるのはあなただけじゃない。
皆、リーダーから教わっていました。
でも、リーダーから口止めされてて・・・
だって、リーダーはあなたを救いたくて全ての準備をしていたから。
だから、皆あの柵から出たかったんです。
でも、皆で決めたんです。10頭以内にしようと。
あなたの盾になろうと。
この道筋は、あなたが真っ直ぐ来れる為に皆で用意しました。
あなたが道に迷わないように。
あなたにとっては彼がリーダーですが、僕たちにとってはあなたがリーダーです。
薄れ行く意識の中で、私は泣いているのだか喜んでいるのだか分からない気持ちになって意識が遠のいた。
柵の外で初めて安心した。世界は自由で!残酷だ。ただ、柵を出ないと分からないことが沢山あった!
毛皮を着るには、少し暑かったが、ひんやりと冷たい風が私を横切る。